化石みたいにザラザラで

今年からほぼ日手帳を使っていて正式には数年ぶりに再会した、というところなんだけど、なんだかしっくりこなくてずっと。書きなぐるペンのせいなのか方眼が思考を邪魔するのかとにかく「書く」という行為に緊張して、折り合いがつかない。慣れるかなとがんばって使っていたのだけど、あぁ、ちょっと無理かもと、よし、やめやめー!と、やめてみていた。その2日後くらいにメモをとろうと思ったらそのあたりにメモがなく、そこにあったのは使わない、忘れたい、ほぼ日手帳。急いでいたからそれにパパパーとメモしたら、あれ、しっくり。なんだかしっくり。きっと手と手帳と距離があったのね。というわけで、清くまた、ほぼ日手帳を再開したのであった。


やることをリスト化しないとすぐ忘れちゃって困るからすぐにメモするんだけど、実はいま、やったことリストも書いている。いくつもの難関をクリアした!っていう実感を自分でつくりだそうと、自分で誉めたたえようと!思ったのでありまして。

あれもこれもそれもやったから、できないことが積もっていくのもあたりまえじゃん!

ってことで、やったことリストを書いてるんだけど、今日リスト以外で無駄にやってしまったことがあった。ため込んでいた気になる画像を印刷しまくった。何かつくりだそうとしているのかもしれないなと、思って、やりたいようにやっておいた。印刷してみると、案の定、カタチにしたいことがいくつかあった、ということでした。なんとなく、私の行動パターンでいうと、リストにのっていないことから先にはじめてしまう。へぇ!いろんなことがわかるんだなぁ。そして、化石みたいなザラザラで。というのを作った。


昨日はまた三船で呑んでいた。今日は喫茶店で物書きをしている。夜の晴れは、楽しい。

クラッシックなサンドウィッチ

春は芽吹き。植物の生命の一部を食べてることに気づいてからわたしは。すーすーとなんというか鳥が水面を蹴って飛び立つような、そんないくつかのシーンをイメージできるようになって土を感じられるようになったのです。もちろん自然の中で暮らすことがわたしの理想だし、いつかはとか思ってるけど、いまは、そのことを感じるだけで心の中に広場が広がって居心地がいい。憧れをぶら下げて生きていくことを今はやめているけど、今ここにもまだまだファンタジーがある。

マーマレードのサンドウィッチ。

イチゴジャムのサンドウィッチ。

ピーナッツバターのサンドウィッチ。

夜の晴れ。

表は面ともいう

負けにいく勇気を!この土日で連絡を取り合った人たちとか会いにきてくれた人たちからその行動について学ぶことがふんだんにあって正直ほんとにすごいよーそれーって思って教えてくれてありがとー。って。そのどれも人の生き方がまじりあってるから私はいつも勇気をもらう。表は面ともいう裏はなんというのかなぁ。だからその、裏かもしれないところにいる方が肌にあう、というか、裏を表としている人たちが存在しているところにいたい。とにかく昨日と一昨日に会えた人たちを心から信頼しているということ。それは、表を感じなければわからなかったのだ。

さてサマーブリーズでも聞くかな。

そっか!

写真なんかなくたっていいんだってことに今さら気づいたよ、私!オッケー。

いろいろあったことへの許しの時、というか、許し、と言っている時点で、そう、私や私のまわりが傷ついてたいそうな影響をうけて、でも、それは誰かに言えることではなくて、そのあとの自分の手足や言葉で自分たちにもどしていった。時間はかかったけどフラットな状態にもどったような、もう、そこと比べなくてもいいくらいな時間やてまひまをかけてきて、大丈夫そうだなとすら、思わなくなったときに、もう一度似たような状態に直面する。そして、もう一度そことの接点を前とは違う組み方で寄り添う。さっき、許し、って書いたけど、許しですらなくて、またあらたに作り出す感覚で。そうすることで圧倒的に飛躍する、飛躍というのは単純なことではなくて、あらたに目に見えない、でもかなり緊張感があってドキドキして、失敗したくないけどだいじょうぶだいじょうぶと挑んでいく、を、することだっていう。

だいじょうぶ、だいじょうぶ。

さぁ、今年の夏と秋を組み立てていこう。

愉快に!明快に!爽快に!

イージーにわきをかためろ!

イージーにわきをかためろ!ななめ45度の空間をひろげて左手は、かた、ひじ、てくび、すべて自由に。ホールドした右手はその重さでかきならせ!ギターの基本姿勢の話ね。

ついうっかり踏み込み過ぎたり、その上、言いすぎたりする。どこでも誰にでも。それを訂正するのもなんか違う気がするから、きっと誰も気にしてないんだと思うけど、自分の中のほとぼりが冷めるのを待つしかないのよね。あーまたやっちゃったーって、みんなあるの?私はいつもだよ、とほほ。

誰かが言ってた、思考が言葉をつくり、性格をつくるって。っていうことは思考を変えたら性格も変わるの?思考ってどこから手をつけるの?まずはここからとか今からとかってこと?

感じてることにフタをする、って感じ?

フタを。フタを。フタを。

パタパタ、パタパタ、パッタン。

しめてみます。


これはなにーーーまだおしえてあげないよー。

 

 

子どもと一緒にはじめて電動自転車に乗ったときの会話が忘れられないんです、これはなにーなんだろねー目にシュパシュパくるのなにーまだ教えてあげないよーって。それは風だったんですけどね。風が吹いて雨が降る春の日、晴れたと思ったら25度。そのせいにしてしまうのだけど足りないことばかりを追いかけそうになりそうだったから、そんなときはねむるに限るで夜は7:30には寝て朝3:30に起きる。その時間なんてまだみんな働いてるし夜ごはんだってまだでしょう。だからちょっと寝たくないのよね、やりたいこともあるしやることもあるし。でも寝ちゃえたりするんだけど、ほんと寝るちょっと前くらいに、あぁ、明日の朝が待ち遠しいなって思うわけ。それが気持ちよくて。

2年くらい前かな春の大放出期があった。4月、5月とずっと具合が悪い。ひどく、悪い。とにかくずっとずっと。そのときみんなに春は排出する時期だからって教わったのだけどあれは辛かったな。大好きな季節だけに。去年はイベントがあったからそんなことを感じる時間もなくて、じゃあ今年はどうなんだろう、って思いながら4月ももう過ぎていく。かけあしで。

排出、とまでのうだるような具合の悪さはないけれど、気持ち的にはゆらゆらしているのかな、でもそんなことは日常的なことだから季節のせいではないな。今、ここ、わたし、ここ、をくりかえす。

そういえば、去年、執筆していたときスタバでいつも書いていたのだけど、時々、偶然、隣にクドカンがいることがあって仕事にならなかった。友達にこっそり、いるんだよ、隣に、クドカンが!とアタフタしたメールをしたならば「隣のお客様からです、ってフラペチーノを」とか「ハンカチを落とせ」とか。あったなぁって思い出していたら、今日、いた、また、スタバに。「カルテット見ました♡ダメっぷりが大好きでした♡」と心で本気でつぶやきました。あぁ、やっぱり好きだ、クドカン。どこがって説明できないけど。

きのうのこと

 

 

公園のさんぽは池にうかぶ白鳥のボートをぶつかるぶつかるーって冷やかしたりして、左足のくつ下はやぶけてたし、スパークリングをあけたらわたしめがけてスパークしたし、歯の治療をした前の歯あたりが1日たっても腫れがひかずトッポジージョみたいだったし。ぜんぶわすれてしまいたいことばっかりだった。ってくらいの、日もあるってことよ。早く、この6月の光をみたい。モーレツにみたいのだ。

 

ドエトエフスキーと愛に生きる

すごい邦題だと、思ってみてみたけど、ドエトエフスキーというより、この女性の半生を描いた映画でした。日常に映る色というのは美しい方がいい。やっぱりそう思う。選んだ家具やものが光りに移るときそれを何かに残そうとするその感覚とか。派手な色を求める人もいるだろうし、スモーキーな色を求める人も。人の手、人と暮らすこと、そして仕事をすること。毎日の日常の淡々とした情熱、じんわり泣きそうになるのはどうしてなんだろう。だけど、そんなドラマチックな時間を作れるのは女の人の特権だなと思う。

贅沢じゃなく質素に。だけどそこには美しさもある、見えていないけど色がある。

くだらない人生に何度も祝杯を。

とある言葉の本を探すんだけどなかなかみつからない。だったら、と思って、きょんきょんがコメントを書いていた本を買う。動機が不純すぎる。

今年の目標は、歯医者に通い続けること(大人だから多少の痛みはガマンすること)、はやりの開脚をやってみること(大人だから多少の痛みはガマンすること)録音してみたりすること(人からいたいと思われても大人だから多少どんかんなくらいがいいと訓練することを体感すること)それならそれから。人のわからないことや不思議に思うことはそのままに、ふんわりとしておくこと。なるべくくだらない文章として書き続けること。明日から宮崎へ。


4月3日

誕生した日、です、私の。いま、公園にきていてひとりでコーヒーで一服してます。まだまだ桜は満開とはいきませんが、天気もいいし、ブルーシートすごいし、もう呑んでる人も寝てる人ボートに乗ってる人もいるしいい日じゃないか。宴会したい。場所取りしたい。今は午前9:30。

圧倒的に足りないものがどんなに歳を重ねてもあるものだなぁ。何を持ってるとか持ってないとかの話ではなくて、そうして生まれてきたってこと。

書いてはけして、書いてはけして、っていいなぁ。ブログがだんだん色づいていくよ。

とっちらかる、時々心って。そんな時に暗号をのせて文章にするのよ。そのまま書くとその感情に火がつくんだけど、ちょっと暗号をのせるとね整うことがはじまる、片付く時にはそうなるもの。かれこれここに1時間もいるなぁ。そろそろ、行こうか。バイバイしよか。